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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)952号 判決 1977年11月09日

控訴人 砂田恵一

右訴訟代理人弁護士 谷村正太郎

同 藤本齊

被控訴人 小川弥太郎

右訴訟代理人弁護士 広瀬通

主文

原判決を次のとおり変更する。被控訴人は、控訴人に対し、金四七三万一四八八円及びこれに対する昭和四二年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金七〇一万一〇〇四円及びこれに対する昭和四二年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一  被控訴人は、控訴人に対し、本件土地賃借権の譲渡につき賃貸人である広田庄次の承諾を得る義務があると解すべきところ、本件においては、被控訴人の責に帰すべき事由により右義務が履行不能となったものであるから、被控訴人は、控訴人に対し、右債務不履行による填補賠償責任を負うべきことが明らかである。

二  被控訴人は、右広田の承諾を得る義務は原始的に不能で、かつ、被控訴人に右の履行不能につき帰責事由がないかのように主張するが、右主張は当らない。なるほど、被控訴人と地主広田間の賃貸借契約には賃借権の無断譲渡転貸をすると賃貸借契約が当然に消滅する旨の特約があったのに、被控訴人が控訴人に本件土地賃借権を譲渡したものではあるが、地主の広田が被控訴人との間の賃貸借契約を解除するに至ったのは、昭和三一年五月の契約更新時に広田と被控訴人間に更新料をめぐって紛争が生じ、これがこじれて広田が賃料の受領を拒絶するに至り、ついに昭和三三年三月二五日賃貸借契約を解除したものであり、右紛争の過程において、被控訴人が、広田から賃借している土地のうち現に被控訴人の使用している部分について更新料の支払に応じないとしたことはともかく、控訴人に賃借権を譲渡した本件土地については、前記無断譲渡転貸禁止の特約のもとで譲渡している事実に照らしても、地主との交渉に別異の対処をすべきであったというべきである。しかも、被控訴人は控訴人に地主と紛争を生じている事実を知らせてくれず、これを知らせてくれていたならば、控訴人は地主の要求する更新料ないし名義書換料等を支払っても地主との円満な関係を保つべくできるかぎりの努力をはらったのである。

右の事情によれば、本件の履行不能は後発的な不能で、かつ、被控訴人に帰責事由があることは明らかである。

三  仮に、本件について売主の担保責任の規定を適用すべきであるとしても、控訴人は、右のような帰責事由のある被控訴人に対しては、被控訴人の主張するように信頼利益の賠償にとどまらず、履行利益の賠償を請求できるものと解すべきである。

被控訴人は、民法五六六条二項三項の準用を主張し、本件においては同条三項の除斥期間がすでに経過しているから、控訴人に損害賠償請求権がないと主張するが、本件に同条を類推適用するのは相当でなく、本件が売主の担保責任の問題であるとしても同法五六一条によるべきであるし、仮に同法五六六条を類推適用すべきであるとしても、類推適用である以上合理的根拠を有する限度にとどめるべきで、本件に五六六条三項の類推適用をすべき合理的根拠を見出しえないから、同条項の類推適用はないとすべきである。

四  仮に以上の主張が認められないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、本件土地賃借権を譲渡するにあたり、地主の承諾の取付ないし本件土地賃借権の安全につき保証する旨約束した。

五  控訴人の原審における損害の主張のうち、原判決三枚目裏二行目から同九行目までを削除し、同四枚目表七行目冒頭から同一〇行目までを次のとおり改める。

「(三) したがって、控訴人のこうむった前記損害のうち本件建物の価格相当の損害については地主がこれを買取ったことによりその損害が填補されたので、本件においては、第一次的には、本件土地に対する賃借権を失った損害に限定して請求する。

右損害額は、本件の最終口頭弁論終結時の右賃借権の時価により算定すべきところ、これに最も近い昭和五一年二月二一日当時の右賃借権の時価は金二四四七万九二三五円である。

右損害額は、履行不能時を基準にして算定すべきであるとしても、本件においては履行不能が最終的に確定したのは控訴人が地主に本件土地を現実に明渡した昭和四五年一〇月七日とすべきであり、右時点の右賃借権の時価は金一〇三二万七五三一円である。

仮に、本件の損害額の算定は、広田の控訴人に対する明渡請求訴訟の判決確定時である昭和四〇年六月四日(同日当時の本件賃借権の時価は金四七三万一四八八円である。)を基準とすべきであるとしても、右当時地価の上昇が将来も続くことが予想され、かつ地価が恒常的に値上りしていたことも公知の事実であるから、このような場合には、最終口頭弁論終結時の時価により請求できるものと解すべきである。

(四) よって、控訴人は、被控訴人に対し、右損害額の内金七〇一万一〇〇四円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年五月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

六  被控訴代理人の当審における陳述のうち二の事実は否認する。

(被控訴代理人の陳述)

一  控訴人主張の売買契約の目的物が本件建物とその敷地賃借権であったことは認める。

二  しかし、右は売買の形式をとってはいるが、実質的には民法五五一条にいう負担付贈与と解すべきものである。即ち、右契約が締結された昭和二三年八月当時の本件建物の時価は七〇万円ないし八〇万円を下らず、所有権移転登記が経由された昭和二八年五月当時の敷地賃借権付の本件建物の交換価格は一一九万円ないし一三一万円を下らないところ、右契約において代金を三〇万円としたのは、被控訴人とその家族が控訴人に戦後の混乱期を通じて、平常医療上の世話を受けていることに対する報酬の意味を含めて、格別安い価格による契約に応じたもので、講学上の「友誼売買(Freundeskauf)」にほかならず、実質的には負担付の贈与契約が成立したもので、三〇万円の支払が贈与に伴う負担である。したがって、受贈者たる控訴人が無償で取得するはずの利得をもっておおわれる限度内において贈与者たる被控訴人は担保責任を免れ、その責任も信頼利益に限られるのである。

三  右が実質的にも売買契約であるとしても、本件は売買の目的物たる賃借権(ひいては本件建物の所有権)に質的な瑕疵があった場合であるから、売主の担保責任の問題であり、控訴人の主張するように一般的な債務不履行責任の問題とすべきではない。

本件の売買において被控訴人が控訴人に負うべき責任は、民法五六一条ないし五六三条の他人の物の売買における売主の責任と同様の責任であると解すべきであり、そうでないとしても、同法五六六条二項前段の地役権の存在しない場合に類似するものとして同条項を類推適用するのが相当である。

そして、右の場合の損害賠償責任はいずれの場合でも信頼利益の賠償に限られるべきである。

四  しかるときは、すでに被控訴人が原審で主張したように控訴人は悪意の買主であり(この場合の悪意とは権利の瑕疵について知っていることをいう。したがって本件においては、控訴人が本件建物を買受ける際、敷地賃借権につき地主の承諾がいまだ得られていないことを知っておれば足り、控訴人はこれを知っていた。)、しかも、控訴人の本訴請求は一年の除斥期間の経過後なされたものであるから、いずれの点からいっても失当に帰する。

五  それに、本件が債務不履行の問題となるとしても、被控訴人の地主の承諾取付義務は、地主広田が当初から絶対不承諾の意思を持ち、それを最後まで変えることがなかったのであるから、原始的に履行不能なものであり、かつまた、右地主の承諾を得られなかったことにつき被控訴人には何ら責に帰すべき事由はないものである。

六  控訴人の前記四の主張事実は否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

一  被控訴人が、昭和二三年八月当時、所有者の広田庄次から、原判決添付別紙目録二記載の土地(以下、本件土地という。)を建物所有の目的で賃借し、同土地上に原判決添付別紙目録一記載の建物(以下、本件建物という。)を所有していたこと、その頃、控訴人と被控訴人は、被控訴人が控訴人に対し本件建物及びその敷地賃借権(以下、本件賃借権という。)を代金三〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、昭和二八年五月一日、本件建物につき所有権移転登記を経由したこと、は当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、右売買契約は、講学上にいう「友誼売買」にほかならず、実質的には民法五五一条にいう負担付贈与と解すべきであると主張する。

《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和二〇年三月、当時居住していた渋谷の建物の強制疎開を受け、早急に転居先を見付けて引越す必要に迫られていたところ、被控訴人が自己所有の本件建物から弟を転居させてこれを控訴人に賃貸してくれたため、これに恩義を感じていたこと、ところが戦後になって、被控訴人が日本製鉄の役員の地位を追放処分を受けて失い、あまつさえ重病を患って生活にも困窮し、本件建物で医院を開業していた控訴人に対し、昭和二三年八月頃、これを買取ってくれるよう頼むので、控訴人は右賃借の経緯を考え被控訴人の申出価格金三〇万円で本件建物を買受けることを承諾し、右売買代金を同年一〇月、一一月、一二月に各五万円、残額一五万円については昭和二四年一月から毎月一万円宛一五回に分割して支払ったこと、が認められ、《証拠省略》中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できず(なお、原審及び当審において被控訴人は、本件建物の価格は昭和二三年当時七〇万円ないし八〇万円位であった旨供述するが、右は必ずしも十分な根拠に基づくものとは認めがたくただちに採用できない。)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定したところによれば、本件建物及びその敷地賃借権を控訴人が譲受けたのは、被控訴人の要望に控訴人が応じたものにほかならず、被控訴人の控訴人に対する「友誼売買」ないし負担付贈与であるとは到底いえず、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右主張事実を前提とする被控訴人の主張は採用できない。

三  次に、本件土地の地主広田は、昭和三三年五月二三日控訴人を被告として、東京地方裁判所に対し本件土地の不法占拠を理由として、本件建物を収去し本件土地を明渡すよう求める訴(同裁判所同年(ワ)第三九二二号事件)を提起し、一審で請求棄却の判決を受けたが、その控訴審(東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第二六〇号事件)において一審判決は取消されて請求認容の判決を得、控訴人が上告(昭和三九年(オ)第三〇五号事件)したが、昭和四〇年六月四日上告棄却の判決があって広田勝訴に確定したことは当事者間に争いがない。

四  右事実によれば、被控訴人は、控訴人に対し本件建物及びその敷地賃借権を金三〇万円で売渡したのであるから、特別の事情のないかぎり、控訴人に対し、右賃借権の譲渡につき遅滞なく賃貸人広田の承諾を得る義務を負うものと解すべきであり、右売買は被控訴人の要望に控訴人が応じたものである等前記認定の事情に鑑みれば、本件において被控訴人が右の義務を免れるような特別の事情があるとは到底いえないところ、先に認定したところによれば、地主広田の控訴人を相手方とする本件建物を収去して本件土地の明渡を求める訴訟は控訴人敗訴に確定したのであるから、被控訴人が控訴人に対し負担する本件賃借権の譲渡につき地主広田の承諾を得る義務は右敗訴判決が確定した昭和四〇年六月四日履行不能となったものというべきである。

五  もっとも、被控訴人は、被控訴人の地主広田の承諾を得る義務は、広田が当初から絶対不承諾の意思を持ち、それを最後まで変えることがなかったのであるから、原始的に不能なものであったと主張する。

《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和八年頃松崎某が本件土地上にいわゆる建売住宅として建てた本件建物を買受け、本件土地を広田庄次の先代広田政吉から賃借し、その後隣接地を借増して賃借地が合計三九〇坪となったところで、昭和一一年五月二五日、右土地を一括して新たに賃貸借期間を二〇年と定め、建物その他附属物が第三者の所有に帰したときは契約は当然消滅する旨の特約(以下、本件特約という。)を付して、賃貸借契約公正証書を作成したこと、広田が右契約書を作成するにあたり本件特約を付したのは主として賃借人の変更を広田の統制下に置き地代の支払を確保することにあったこと(なお広田は本件土地附近にかなりの土地を所有しこれを賃貸していた。)、広田庄次は、被控訴人に対し、右賃貸借の期間満了前の昭和三〇年暮頃、妻広田テルを通じて坪当り五〇〇円程度の更新料を支払うよう請求したところ、経済的に必ずしも余裕のなかった被控訴人は、広田から被控訴人と同様に更新料の支払を求められている近所の借地人らと共同歩調を取り、広田の請求する右金額による更新料の支払に応じなかったこと、右の交渉過程を通じて広田は被控訴人に悪感情を懐くに至り、昭和三一年一二月頃、本件建物につき被控訴人から控訴人に対する所有権移転登記がすでに昭和二八年に経由されている事実を知ってからは、賃料の受領を拒むに至ったこと(なお、被控訴人の妻は、更新料の交渉に来た広田テルに対し、二〇年の賃貸借期間経過後間もない昭和三一年五月末頃、本件建物を控訴人に割賦で売ることにし、もうすぐ代金が完済されるから、代金完済後は控訴人に引続き借してくれとの話を持出したが、テルは本件土地を売ってもいいが、借すことはできかねる旨答えている。)、このような経過を経て、広田は、昭和三三年控訴人と被控訴人を相手方として、当事者間に争いのない前記建物収去土地明渡請求訴訟を提起し(被控訴人に対しては前記三九〇坪のうち被控訴人が使用している三〇二坪を、その上にある被控訴人所有の建物を収去して明渡すよう求めた。)、右訴訟において、広田は、広田と被控訴人間の賃貸借契約は、被控訴人が本件特約に反して本件建物の所有権を控訴人に移転したことにより当然に終了した、仮にそうでないとしても被控訴人の賃借権の無断譲渡転貸を理由に右賃貸借契約を解除する旨主張したところ、右訴訟の控訴審裁判所は、前記三九〇坪のうち本件土地部分(北側八八坪)にかぎり本件特約により賃貸借関係が当然消滅したとして、前述のとおり広田の控訴人に対する請求を認容したが、被控訴人に対する請求は認めずこれを棄却した第一審判決を維持し、上告審も控訴審の右判断を相当としたこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定したところに基づき考えるに、広田と被控訴人間の賃貸借契約には、本件特約が存し、広田の控訴人及び被控訴人に対する前記建物収去土地明渡請求訴訟においても、被控訴人が本件特約に反して本件建物の所有権を控訴人に移転したことにより右賃貸借が当然に終了したとの広田の主張が、本件土地部分に関するかぎり認められたのであるし、被控訴人の妻が昭和三一年五月末頃広田テルに対しそれとなく控訴人に対する賃借権の譲渡につき承諾を受けたいという話をきりだした際にも広田テルは一応これを断っていること等に照らせば、被控訴人の地主広田の承諾取付義務は原始的に不能なものであったようにも考えられなくはないが、そもそも被控訴人が広田から本件土地を賃借したのは建売住宅の本件建物を松崎某から買ったことにはじまり、広田は本件土地附近にかなりの土地を所有している地主で、被控訴人との賃貸借契約の際本件特約を付したのは主として賃借人の変更を広田の統制下に置き地代の支払を確保することにあり、広田が前記建物収去土地明渡請求訴訟を提起したのは、更新料をめぐる被控訴人との交渉を通じて懐くに至った被控訴人に対する悪感情に基因するものがあると推測される(広田テルが、被控訴人の妻がきりだした控訴人に対する賃借権の譲渡につき承諾を求める話を断ったのも更新料をめぐる右紛争発生後である。)こと等に鑑みれば、広田は、本件建物が売買された昭和二三年八月当初から本件賃借権の譲渡につき絶対不承諾の意思を持ち、広田の承諾をえる余地はなかったものと断ずるのは相当でなく、被控訴人の本件承諾取付義務は原始的に不能であったとの前記主張は結局採用できない。

六  次に、被控訴人は、本件は売買の目的物たる本件賃借権(ひいては本件建物所有権)に質的な瑕疵があった場合であるから、売主の担保責任の問題であり、控訴人の主張するように一般的な債務不履行責任の問題とすべきではないと主張する。

しかし、売主の負担する債務が履行不能となり、それが売主の責に帰すべき事由による場合には、買主は、売主に対し、売主の担保責任に関する規定にかかわらず、債務不履行一般の規定(民法四一五条)に従い、損害賠償の請求をすることができるものと解すべきであるから、被控訴人の右主張及びこれを前提とする主張はすべて採用できない。

七  そこで、地主の承諾取付義務が履行不能となったのは、被控訴人の責に帰すべからざる事由による旨の被控訴人の主張につき検討する。

《証拠省略》によれば、被控訴人は、前記五に認定したとおり、昭和三一年五月末頃、妻を通じて広田テルに対し控訴人に本件建物を売るから賃借権の譲渡につき広田の承諾をえたい旨話すまで、広田に右の問題につき何の相談もしておらず、広田が本件建物を控訴人が譲受けたことを知って賃料の受領を拒否するようになってから、郵便により、また広田方を訪問して、本件賃借権の譲渡についての広田の承諾を懇請したが、すでに広田の容れるところとならなかったこと、それに、被控訴人は、先に認定した更新料問題が広田との間に生じた際も、控訴人にこれを知らせ、控訴人と相談した事実はないこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定した事実によれば、被控訴人は、自ら頼んで本件建物を控訴人に買ってもらったものであるにもかかわらず、永い間敷地賃借権の譲渡につき地主の承諾を得る努力を怠っており、その間更新料の問題についても利害関係のある控訴人に相談せず、その間に地主の悪感情を招くなど責められるべき点がないとはいえず、広田の承諾を得るべき義務が履行不能となったのは被控訴人の責に帰すべからざる事由によるものであるとの被控訴人の主張は到底採用できないものである。

八  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、本件履行不能に基づき控訴人がこうむった損害を賠償すべきものである。

そこで、最後に損害額について判断する。

すでに判断したように、被控訴人が地主広田の承諾をうべき義務は、広田の控訴人に対する建物収去土地明渡請求訴訟において控訴人敗訴の判決が確定した昭和四〇年六月四日履行不能が確定したものであるところ、右履行不能により控訴人が本件賃借権を取得することができなくなったことによる控訴人の損害額は、右履行不能が確定した昭和四〇年六月四日当時の本件賃借権の時価相当額によるのが相当である。

控訴人は、本件損害額の算定が右時点を基準とすべきであるとしても、右当時地価の上昇が将来も続くことが予想され、かつ地価が恒常的に値上りしていたことも公知の事実であるから、このような場合には、最終口頭弁論終結時の時価により請求できるとすべきであると主張するが、売買の目的物を売主が二重に譲渡したことにより売主の目的物所有権移転義務が履行不能になった場合で、その履行不能時に右のような事情がある場合はともかく、債務者の右のような処分行為に基づくものでない本件の場合に、履行不能時点における右のような事情を考慮して損害額の算定時を事実審の最終口頭弁論終結のときとするのは相当でない。

当審における鑑定人藤沢数清の鑑定の結果によれば、昭和四〇年六月四日当時の本件賃借権の価格は、金四七三万一四八八円であることが認められる。

控訴人は、損害に関し予備的主張をしているが、右のうち新たな土地の賃借権設定料については、本件賃借権につき填補賠償を受けたことにより右設定料相当額の請求はもはやできないものというべきであるし、その余の損害費目についてはこれを認めるに足りる何らの証拠もない。

九  よって、控訴人の本訴請求は、控訴人が被控訴人に対し金四七三万一四八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和四二年五月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 小山俊彦 堂薗守正)

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